ストレスダイアリー

愚痴のジャックポット

「◯◯時間やればいい」みたいなやつの罠

よくありますよね、こういうの。

「東大受かるには4000時間勉強する必要がある」とか。

 

他には、まあどちらかというと痛い人にありがちですけど、

「自分は100冊本を読んだ」とか。

「今日は10時間勉強した」とか。

 

思うに、◯◯時間やらなければスキルが身に付かないとかなんとかって、物理的に必要な時間のことじゃないかと思う。

 

例えば東大に合格するには4000時間勉強しなければならないというのを、比喩とかではなく、本当に4000時間必要なのだと条件付けます。ノルマってことにします。4000時間勉強すると東大に合格することにします。

 

この時、大抵の人は4000時間勉強するのを目標にしてしまう。

読書100冊も同じ。多分100冊読めばとりあえずどうにかなるとか思ってる。

 

これはむしろ、4000時間かける必要があるのではなく、4000時間かかることをした、もしくはする必要があるから4000時間なんだと思う。

同じ4000時間でも、習得に4000時間かかるスキル1つと、4000時間かけてしまった結果身についたスキルでは全然違う。

100冊読んだ本達も、100冊読む必要があったわけでもなく、見識を得るために手当たり次第読んだ結果100冊なんだろう。

だからこそ数や量を自慢するのはダサいんだと思う。10時間勉強したとかじゃなくて、そういった人達の場合、経過した時間よりも内容の話をするだろうから。

英語を習得するために留学に行った人たちに留学の感想を聞くと、大抵思い出話になるのと同じ。英語が身についたなら英語の話をするでしょう。

 

「何を当たり前なことを…」と言われると苦しいですが、ふと思ったにも関わらず印象に残ったのでメモ。

多分感覚的には気付いていたのかもしれませんが、言語化するとハッキリしていいですね。