ストレスダイアリー

愚痴のジャックポット

IQってなんだろ、知能ってなんだろ、特別ってなんだろ

まだ私は若いので、自分のことは特別な存在だと思っています。いわゆる天才みたいな。なんて傲慢なんだろ。自分で自称するのは天才には申し訳ないと思うけどね。ただ天才の中にも程度がある、って言い訳を胸に生きてる。

 

昔から自分は周りとは馴染めないなって思いながら過ごしてきた。友達がいなかったわけじゃないんだけどね。100%の信頼関係があって、100%胸を張って友達だと言える人はいなかった。仲良しの人はいたけど、その人は結局自分よりも仲の良い人がいたし、自分が友達だと豪語したらきっと戸惑ったと思う。感性の違いみたいなものをひしひしと感じてた。笑いのツボが一緒だったりとかはあったけどさ。

 

親には「精神年齢が高い」と言われた。自分は兄弟もおらず、年の近い従兄弟もいないし、いるとすれば母方の姉妹と祖母。1番近くても10歳は離れてる。小2くらいでインターネットの世界を経験したから、やはり周りは大人。そんな環境で育ったから精神年齢が他より育つのは当たり前ってことなんだろう。

覚えてる範囲では、例えば小5で女子高生とメールしてた。ネットのどこで知り合ったかは忘れたけど。道民だったかな。しかも小5だとは思われてなかったし、言ったらびっくりしてた。オンラインゲームもやってたし、ギルドにも所属してたけど、いつも最年少だった。小学生でタッチタイピングできるようになったほど、ネットの時間は多かった。それくらい、同年代とはすれ違いが多かったのだろうと思う。

 

実際今でも同級生とは全然心が通じてる感じがないし、興味関心は平行線。よく分からないけど、話したこともない人に「家に本がいっぱいありそう」「頭良さそう」「毎日勉強してそう」みたいな偏見持たれてるのとか結構聞く。頭良いかは分からないけど、家に本はないし、勉強なんて月1やってれば満足する。昔からずっとやってるタイピングは周りとは比にならないほど速い(周りは200WPMあれば速い方、私は500-600くらい)みたいで、「太鼓の達人とか上手そう」みたいな新しい偏見まで生まれる始末。中学校から太鼓の達人やってるし下手ではない(最高難易度とかできる)と思うから、反論もできやしない。これで太鼓の達人やってる姿を見られたらどうなるんだろうか。

大学の秀才にすら理解されなくて、「自分が特別だから優秀だとでも(思ってるの)?くだらない」みたいなことをLINEで言われたことがある(しかも「くだらない」は原文ママ)。よく天才は秀才に嫉妬される妬まれると聞くし、客観的に見てても秀才は天才を嫌ってる印象。それがシンプルに現れてるメッセージだと思った。

 

こんな感じで、変なエピソードがたくさんあって、自分は特別な存在だと思ってしまった。

 

おかげで最近はIQに囚われてしまってるなあと思う。別にIQで人を見るわけじゃないよ。「あいつIQ低そう」みたいなのじゃない。

でも、IQが20違うと話が合わないみたいなのを聞いてから、同級生とソリが合わないのは自分のIQが高いからなんだろうか、それとも周りのIQが極端に低いのだろうか、いや自分のIQが低いんだろうか、みたいなことを考えてしまう。実際頭悪すぎて話通じなくてウザいみたいなのあるし、IQが関わってるかは知らんけど大体あってるような気がするよね。

自分を特別な存在だとするなら、やはりこちらのIQが高いんだろう、とかね。メンサ受験とか、IQ検査とかまで計画する始末。おいおい。

個人的にはIQでも知的障害でも発達障害でも精神イカれててもいいから分類してくれと思う。例えばADHDならそれ相応の対策ができる。薬だってある。というか部屋の掃除が極端にできないからADHDを疑ってる。アスペっぽいとこもあるし。わかんねえ。

 

でも、IQって結局なんだろうね。

3/11にIQ188の人がテレビで取り上げられてて、まあ何となく分かってたけど、無職なんだよね。IQが高いからなんだってわけじゃない。本人も言っていたけど、東大受験できるわけでもない。学力が足りないから地方国立受けるんだってさ。中学で高校数学マスターしたらしいけど、それでも学力低いってすごく辛そう。

自分も学力が高いわけじゃない。小1の成績表を見たら、1-3の評定でデコボコな成績だった。13221…みたいな。そこが自分を100%特別視できない最大の理由。小1でこんなボロボロって…みたいな。中学で高校数学マスターとか火星人だと思う(ところで何をもってマスターなんだろう)。

 

もちろんIQが高いからすごいわけでもないはず。

少なくとも今の時代では、知能を可視化するのは難しい。IQは知能の一部だとは思うけど、一部だからこそ、他が必ず影響するだろうし。IQテストは試験なんだから、試験形式に対する慣れもあるんじゃないの?と思う(慣れずに高得点ってことなのかな)。

仮に脳にUSBケーブルを繋いで、パソコンに知能指数を表示できるとしたら、それこそが知能じゃないの。素の能力ってことだし。

素の能力で、IQはパターン認識能力。つまり新しい知識をどれだけ早く吸収できるかの指標じゃないのかなあと思う。IQが高い、知能指数が高い、つまり生まれつき知識めっちゃあって冷静で論理的で頭良い!というのなら、生まれてきて泣き喚く前に自分の名前どうするか両親と相談できるでしょ。

新しい知識を吸収する学習能力が高いということなら、じゃあIQテスト対策って別に悪いことじゃないよね?似た形式のテスト受けて回答して答え覚えて、パターンを頭に取り入れてもいいよね?って考えちゃう。IQって同年代の平均と比較して、相対的に能力が高いか低いかを見るんだから、学習能力が高いなら同じだけ人生生きてるだけでも能力の差は当然生まれるよね?

我ながらよく考えたと思う、この筋の通った暴論。こんなことをずっと考えてると、気が滅入る。

最終的には哲学の世界。哲学好きだけどさ。

 

もう何が普通で何が特別なのかも分からなくなってきた。いっそIQ300でMIT首席とか、暇だから起業したらアップル並に急成長するような会社ができたとか、ノーベル賞とかリーマン予想証明したとか、分かりやすい何かがあれば、ここまで疲れなかっただろうに。

人の集まる場所に行ってエスペラント語で殺してくれと叫んだら、賢い人が「どうしたんだい?」って相談聞いてくれたりしないかなあ。